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病院で話して思ったこと

昨日は精神科への通院日でありました。

9時半に順番を取りに行って診察が午後4時半というみらこー。

でも予約をしないで飛び込みで行くと診察が日付を跨ぐというこれもみらこー。

…マシだと思わねばなりません。

精神科ですから、診察といっても特段聴診器など使うわけでなくひたすら話すわけです。

昨年の秋ごろからずっと「表現」というものの一切が枯渇した状態の私。

「情緒」がないな、と。

「情緒」のない言葉を綴っても描いても中身がないんです。空虚なんですよ。

で、行き着いたところはきっと私の心は今乾ききったスポンジみたいなものなんだろうと。

すかすかで中身がない。

染み込んで含んでしぼればあふれ出すような水分(つまり情緒)があれば出せるものもあるのだろうけれども、今は乾いて気泡だらけだからなにも出てこない。

受け止めようにも気泡にあふれているからそこを通り抜けすり抜けて落ちていってしまう。

でも、情緒がない状態、かけない状態っていうのも苦しいんですよ。

文章やイラストに垂れ流していた部分もあるようで。

ストレス溜まるんです。

でもその溜まったストレスは水分のようなものではないからしぼれない。

ストレスってスポンジのもっと下にある澱みたいなものです。含むもののない塵のようなもの。

それが爆発すれば私はかくのかもしれないけど、それはきっとすごく後ろ向きなものなんだろうなと。

その「情緒」を私から奪い去ってしまえる手段がひとつだけあります。

でもそれは本当に一時的な一週間程度のもので今みたいな枯渇ではない。

今の私は本当になにもない。持ってない。

いつか取り戻せる日はくるんだろうか、と恐怖にも似た感慨を覚えた昨日でした。