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自分に甘いって何?という命題を少し

ひたすら考えても答えが出ない命題を昨日、抱え込んでしまって、寝る前や起きた後もひたすら考えている自分がいる。

納得する答えを探してみても、どうやら、自分の中には、答えがないらしい。

考えれば、考えるほど、いらいらするし、私が自分に対して甘い?って言われる筋合いがどこにあるんだろう?と考えても、答えが出ないから、とりあえず、他人に聞いてみた。

そしたら、甘くないよという答えが返ってきて、ちょっとほっとした自分がいた。

なんだ、そう言ってもらいたいのか。なんだ、認めてもらいたかったのか。なんて思う。

自分で、自分が甘いと判断したら、壊れる何かがあったんだろう。

決して、自分に、甘さがなかったのか?と聞かれたら、もっと苦くすることもできたなという自分もいる。

だが、言われて良い相手と言われたくない相手がいる。

仕事を早く終わらせて、この場から早く帰りたいという気持ち、組みたくない相手と組んで逃げようとする気持ち、そこに甘さはなかったのか?と聞かれると、甘いかもしれない。

ただでも、組みたくない相手と組むことによって得られたものがある。

それは、自分の未来。

ずっと同じ未来を永遠と繰り返し続ける。

一生同じまま。

一生、嫌な相手と組んで、給料を稼ぎ、また愚痴る。

しょうもない。何してんだ、自分って思う。

自分が怯えて、何もしなかったから、そういうことが起こっているのに、なぜ、他人のせいにしているんだ?って思った。

それで、ずっとやりたいと思っていたことを始めることにした。

嫌なことがありすぎて、新たな道を求める方が良いって思ったのが動機。

ずっと同じ未来を歩き続けるなんて嫌だ。

ない可能性を求めても、あるのは絶望だけだ。

だったら、ありそうな可能性を求めて、希望を少しでも見出す方が良いって思った。

それが変わるきっかけになったから、その人と会えば会うほど、自分がなりたかった自分になれると思う。

最初は、憎いし、よくもやってくれたなって思うけど、だったら、こっちから去れば良い。

自分が行きたい場所へと行く準備をすれば良い。

それが、今回怨憎会苦から得たことだと思う。