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父のこと

父の法事の為に帰省したのだから、父の事を思い出してみようと思う。

法事の際に父の話題が出るかと思ったが既に姉と妹に子供がいるので、殆ど出なかった。

リチャード・ドーキンス的に考えれば父親は自分のDNA(黒木家のDNA)を3代まで繋げる事が出来たので生物としては完ぺきと言える。

だが、私や姉、妹に与えた影響は・・・父親なんだから当然だが・・・絶大で、姉や妹の婚期が遅れたのは「父のような人」を探した結果、そんな奴は精神病院か刑務所、またはヤクザ事務所(九州の武装派ヤクザからは父の滅茶苦茶さを「なんとかならんか・・・」と母に相談していた)にしかいない。

私にとっても『超えたい人』だったが、死んでしまったので『勝ち逃げ』と言うか。

そんな気がする。

で、13年前だ。

流石に冷静に考えられる。

57歳で死んだのだが、57年間も、よく殺されなかったもんだ、と言うか。

父親はヤクザ組織に加入した事はない。だが、体質としてはヤクザで、多分、ヤクザにならなかった理由は「集団行動が苦手」と言う事だけだったと思う。

全く『太く、短く』の典型だった。

?仕事は凄かった。ラーメン屋から金融業まで昇りつめ、10億の金を動かす南区の黒木と言えば『その筋』には伝わった。

?洒落者だった。普段は駄目な恰好だが(自宅出しね)お洒落すると私なんざ足元にも及ばなかった。

?愛人がいなかった期間、と言うのは死ぬまでなかった。精神病院でも愛人を作り、普段でも愛人を作り、10年以上、激怒していた母も「モテるんやから仕方がないね」と言っていた。

?仕事は合法/非合法を問わず「儲かる」と言う一点だけで起業していた。ラーメン屋→風俗店→風俗店→風俗店→風俗店→風俗店(風俗店は儲かるので5件)→ぼったくり風俗→性玩具の店→裏ビデオの通信販売→コスプレ・カラオケ(15年早かった)→九州初の漫画喫茶→不動産→金融業

?ぼったくり風俗で留置場に入れられる

?色々とあって留置場に入れられる事、数えきれない程

?酒に弱かった

?ヤクザは嫌いだが、ヤクザ映画は大好き

?風俗店とヤクザはセット・メニューだが父は自衛隊員だった過去があるので(3か月程度だが)右翼に頼んでいた。

?自分で思想性が皆無なのに右翼団体を立ち上げようとしてバスを買ってきた。

?財布に常に200万円が入っていた。それを盗んで私が風俗に行ったり、クラブに行ったりしていた。

上げ始めると切りがない。

オカルトめいた話をすれば父が死んでから9年は盆の時期に父が来ていた。

「ちゃんとしろ」

と言う事を言うためである。だが、NYに行った辺りから余り出なくなった。ソウルに行く時に父から「ちょっと無理だろ。止めておけ」と言う言葉が来たが、無視して渡韓。

それから出なくなった。

息子が音楽をやる、って事で納得したと言うか、どーなんだろう。

確かにNYとソウルに行くまで「俺はこれを一生、やるんだ!」みたいなのは薄かった気がする。

あの時で覚悟が決まった、と言うか。

仕事をする人としては憧れていた。

仕事と言っても起業だから、アーティスティック(風俗店としても異色な風俗と言う事で有名だった)だ。

だから、その爆発的な行動力に憧れたし、大半の会社は軌道に乗せていた。

『男らしいって分かるかい』と言う曲があるが、私にとっては父は法的にも自由だったし(時折、数週間ほど帰って来ないな〜と思ったら留置場だった事も多々あるが)、愛人が常に居る、と言うのも凄いし、何より父の爆破的な

起業の仕方

である。あんなヤリ方はマネが出来ないし、でも何時はかは・・・と思っていたが死んじゃった。

死んだ理由を尋ねたら

「死にたかったから死んだんだ」

と言う。

身勝手な父だったよな〜って思う。

今年で40歳で、現在が39歳だが未だに父を超えられない。

超えなきゃならないんだが。